-----山元 春挙作品集-----
山元春挙先生は野村文挙に四條派を、森寛斎に円山派を学び、竹内栖鳳とともに明治、大正の京都画壇を牽引した大家です。早苗会を主催して小村大雲、川村曼舟など多くの優れた門人を育てる一方、官展では明治40年の第1回文展(日展の前身、文部省文化展覧会)から審査員を務め、大正8年には帝国美術院会員に選出されています。 |
商品番号 E-077
枯芦小禽
山元春挙作
95,000円
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商品番号 B-087
秋景瀑布
山元春挙作
120,000円
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商品番号 D-062
不老萬年
山元春挙作
売却済み
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商品番号 A-073
茸
(きのこ)
山元春挙作
85,000円
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商品番号 A-067
松竹梅
山元春挙作
売却済み
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商品番号 A-010
寒牡丹
山元春挙作
売却済み
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商品番号 C-080
稚松鶯
山元春挙作
180,000円
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商品番号 D-071
秋草
山元春挙作
売却済み
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商品番号 D-012
懸瀑
山元春挙作
売却済み
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商品番号 D-057
月下漁村
山元春挙作
120,000円
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商品番号 D-066
雪柳鶯
山元春挙作
売却済み
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商品番号 D-068
春雪
山元春挙作
65,000円
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商品番号 E-047
雪中遊鹿
山元春挙作
売却済み
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商品番号 F-072
山村帰樵
山元春挙作
売却済み
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-----竹内 栖鳳作品集-----
竹内栖鳳先生は幸野楳嶺について四條派を学び、山元春挙と並んで明治、大正、昭和の京都画壇を牽引した巨匠です。フェノロサの影響を受けて古画や各派の描法の研究を始め、明治の日本画近代化の道を早くから歩み始めます。また、明治33年のパリ万国博覧会で受賞した年に渡欧して、コローやターナーの作品に感銘を受け、それ以降、西洋絵画の画法を積極的にとり入れます。「竹杖会」を主催して上村松園、橋本関雪、土田麦僊、西村五雲など多くの優れた門人を育てる一方、官展では明治40年の第1回文展(日展の前身、文部省文化展覧会)から審査員を務め、大正8年には帝国美術院会員に選出されています。洋画の技法を早くから日本画にとり入れて近代化に尽くすなど、長年の功績が認められて昭和12年には横山大観とともに第1回文化勲章を受章しました。 |
商品番号 F-053
狗子
竹内栖鳳作
280,000円
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商品番号 A-038
羝羊
竹内栖鳳作
120,000円
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商品番号 B-036
梨子
竹内栖鳳作
180,000円
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商品番号 C-089
春郊帰農
竹内栖鳳作
260,000円
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-----西山 翠嶂作品集-----
西山翠嶂先生は竹内栖鳳に師事して四條派を修め、京都市立美術工芸学校(京都市立芸術大学の前身)を卒業後は明治35年から母校で教鞭をとりました。明治40年に文展(日展の前身、文部省文化展覧会)が始まると第1回展で三等賞を受賞し、大正5年からは3回連続して特選を受けるなど、画壇の中心的存在として活躍します。また、8年には審査員を務め、昭和になると帝国芸術院会員や帝室技芸院に選出される一方、母校の美術工芸学校の校長にも就任します。10年に設立した画塾「青甲社」からは堂本印象、中村大三郎、上村松篁ら、次代を担う俊英をキラ星のごとく輩出するなど、教育者としての能力にも傑出したものがありました。栖鳳ゆずりの軽妙洒脱な洗練された作風が特徴で、師の没後は京都画壇の重鎮として活躍し、32年には文化勲章を受章しています。 |
商品番号 A-048
満春
西山翠嶂作
360,000円
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商品番号 B-003
晩 秋
西山 翠嶂作
280,000円 |
商品番号 B-044
歳寒玉骨
西山翠嶂作
125,000円
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商品番号 E-001
紅梅
西山翠嶂作
140,000円
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商品番号 E-048
木枯
西山翠嶂作
120,000円
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-----西村 五雲作品集-----
西村五雲 にしむらごうん 明治10年京都に生まれる。本名源次郎。23年岸竹堂に師事する。26年日本美術協会第6回展で褒状を受け、30年と32年に全国絵画共進会で連続して四等賞を受賞する。 30年に師竹堂が没後、竹内栖鳳に師事する。33年新古美術品展で三等賞、36年には第5回内国勧業博覧会に「残雪飢狐」で褒状、40年第1回文展で三等賞と次々に受賞を重ねる。 明治45年画塾を設け、大正2年京都市立美術工芸学校教諭となる。大正9年帝展委員、13年市立絵画専門学校教授となる。 大正13年画塾を晨鳥社と命名、後進の指導に当たり新進作家を輩出する。 昭和8年帝国美術院会員、9年からは珊瑚会展、春虹会展、七弦会展などにも出品する。 昭和13年京都で没。享年60才。 |
商品番号 F-033
春爛
西村五雲作
180,000円

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商品番号 F-019
猛虎
西村五雲作
売却済み
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商品番号 B-015
桃
西村 五雲作
220,000円
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商品番号 F-079
清涼
西村五雲作
85,000円
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-----堂本 印象作品集-----
堂本印象 どうもといんしょう 明治24年12月京都市に生まれる。本名三之助。43年京都市立美術工芸学校図案科を卒業、京都西陣の龍村平蔵の工房で図案を手がけるが、大正7年日本画家を志して京都市立絵画専門学校に入学大正10年卒業研究科に進級して13年修了する。大正8年第1回帝展に「深草」で初入選、翌2回展に特選、11年には無鑑査出品、13年からは委員として出品、昭和2年帝展審査員。
絵画専門学校教授、帝室技芸員となる。戦後は日展、京展の審査員、日展参事、常任理事をつとめ、日展・改組日展に出品を続ける。36年文化勲章を受章、文化功労者となる。41年自作を公開する堂元美術館を開館、京都市名誉市民、バチカン近代美術館のために「母と子」を完成、ローマ法王から勲章を受ける。昭和50年京都市で没。享年83才。 |
商品番号 B-004
碧風珊々
堂本 印象作
280,000円
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商品番号 B-010
烟霞蔵心
堂本印象作
売却済み
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商品番号 C-068
龍珠 (小軸)
堂本印象作
120,000円
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-----橋本 関雪作品集-----
橋本関雪(はしもと・かんせつ) 明治16年神戸市に生まれる。幼名成常、のち関一。父は儒学者橋本関海。幼少から中国の古典や書画の素養を身につけ、28年四条派の画家片岡公曠に学び。36年竹内栖鳳の竹杖会に入熟、本格的な四条派を学び、41年第2回文展に「鉄嶺城外の宿雪」で初入選、42年から大正元年第6回文展まで連続して褒状を受ける。大正2年はじめて中国を旅行、以後度々中国を訪れる。はじめ中国や日本の故事などを描き晩年に動物画へと移行して数々の名品を遺した。また新南画と呼ばれる画風を究めた。昭和20年京都市で没。享年61才。 |
商品番号 D-003
山人観瀑
橋本関雪作
120,000円
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商品番号 F-001
秋江帰帆
橋本関雪作
売却済み
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商品番号 F-018
緑陰田家
橋本関雪作
280,000円
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-----榊原 紫峰作品集-----
榊原紫峰 さかきばらしほう (1887−1971) 明治20年8月京都市に生まれる。本名安造。父は日本画家榊原蘆江、兄は榊原佳山、弟は榊原苔山、榊原始更。明治40年京都市立美術工芸学校絵画科を卒業、研究科に進級。2年京都市立絵画専門学校が開設され、二年生に編入、44年同校の一期生として兄佳山とともに卒業、大正2年まで研究科に学ぶ。42年第3回文展に「動物園の猿」で初入選、43年褒状、44年三等賞、大正2年褒状を受けるが翌年落選、翌4年横山大観のすすめで再興第2回院展に陳列される。5年第10回文展でも落選する。 6年第11回文展では入選するが無賞に終る。7年土田麦僊、村上華岳、野永瀬晩花とともに国画創作協会を創立、国展と呼ばれた定期展を開始、東洋画の精神を汲んだ新しい日本画を切り開いた大作・名品を毎回発表するが、昭和3年経営不振から国画創作協会を解散する。同年帝展推薦、12年新文展参与、14年新文展審査員となるが官展不出品を通し、画壇から離れ、母校絵画専門学校教授として後進の指導に専念する。戦後も24年から京都美術大学教授、36年名誉教授となる。37年日本芸術院恩賜賞を受賞。昭和46年1月7日京都市で没。享年83才。
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商品番号 B-041
矢車草
榊原紫峰作
340,000円
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商品番号 E-080
墨竹雀
榊原紫峰作
320,000円
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商品番号 E-050
白鷺
榊原紫峰作
480,000円
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